
※5月19日テキストを追加しました!
環太平洋経済連携協定(TPP)をめぐる交渉は、憲法が定める国民の生存権や幸福追求権、そして、「知る権利」に違反する──。2015年5月15日、「TPP交渉差し止め・違憲訴訟の会」の1063人は、国を相手に交渉差し止めと違憲確認を求める訴訟を東京地裁に起こした。
その日のうちに東京都内で開かれた報告会には、原告の1人であるIWJ代表の岩上安身も出席し、「交渉内容がわからなければ、裁判が成り立たないのではないか」「海外からのTPP漏えい情報を、この裁判に集めるのも有意義だ」などと発言した。
別の原告からは、「米国は、中国が主導しているアジアインフラ投資銀行(AIIB)に文句をつけているが、だったら、TPP交渉の秘密主義をどう説明するのか」との指摘があり、聴衆が笑い声で同感を示す瞬間もあった。
この報告会の途中では、米上院で、TPPの推進要因とされる貿易促進権限(TPA)法案が「一転審議入り」した動きについて取り上げられ、集まった人たちの関心を集めた。
スピーカーの篠原孝衆議院議員(民主党)は、「為替操作条項」というキーワードを口にしたが、これについて、日本のメディアはほとんど報じていない。篠原議員は、「為替操作条項は、アベノミクス(安倍政権の経済政策)を否定するもの」と言い、米国の自動車産業などは、今なお、日本の輸出攻勢を快く思っていないことを示唆した。
- 【特集】IWJが追ったTPP問題
- 2015/04/17 万歳会長の突然の辞任劇は「TPP反対封じ」工作!? TPA法案提出、安倍総理の米議会演説の裏にある日米両政府の思惑を、山田正彦元農水相が岩上安身のインタビューで暴露!
- 2015/04/06 TPP交渉差止・違憲訴訟の会が訴状素案の意見交換会を開催 TPPで基本的人権の根本が侵害されることを改めて強調、あらゆる点から憲法違反を提起
- 記事目次
- 国民と政治が「かい離」している
- 山本太郎議員「自民の暴挙を、司法が裁く」
- ISD条項が日本の統治を壊す
- 国民投票なしで憲法を変えることに匹敵するTPP
- AIIBの情報透明性には文句を言う米国の「二枚舌」
- TPA法案「一転審議入り」の背景
- 為替操作条項の付帯を報じない日本のメディア
- 「愛国者は日本語を守れ」岩上安身が保守派・右派に呼びかけ
■訴え提起
■報告会・記者会見
- 訴え提起 東京地方裁判所前
- 報告会・記者会見 原中勝征氏(元日本医師会会長)/山田正彦氏(弁護団共同代表弁護士、元農林水産大臣)/山本太郎氏(参議院議員)ほか
- 日時 2015年5月15日(金)14:00〜(訴え提起)/16:00〜(報告会・記者会見)
- 場所 東京地方裁判所前(東京・霞が関)(訴え提起)/衆議院第1議員会館(東京・永田町)(報告会・記者会見)
- 主催 TPP交渉差止・違憲訴訟の会(詳細)
■TPP交渉差止・違憲訴訟_訴状確定版_20150515(PDF、全76ページ)
国民と政治が「かい離」している
この「訴訟の会」幹事長の山田正彦元農林水産相は、冒頭、この日の午後2時に東京地裁に訴訟を起こしたことを伝えた。
山田氏は、原告団と弁護団がそれぞれ1063人と157人である、と説明。訴訟の会の入会者の人数が「3800人を超えた」ことを報告した。原告団の1063人は、その3800人超に含まれる。「原告希望者は今も集まっているので、第2次、第3次、と提訴を重ねていきたい」と話した。
原告団を代表してマイクを握った前日本医師会会長の原中勝征氏は、「(TPPが実際に発効されれば)多国籍企業の横暴により、日本の農業は壊滅的な打撃を被るだろう。また、世界に冠たる日本の健康保険制度も崩壊する可能性が高い」と警告。TPP交渉を、「その内容が国会議員にも知らされないまま、条約締結に向けて動いているということは、国民の知る権利や安全を保障する憲法に違反している」と指弾し、次のように言い重ねた。
「政治と国民の思いが、かい離している以上、国民は『ノー』を叫ばねばならない。今回の提訴には、『司法が信じられる日本であってほしい』という強い思いが込められている」
山本太郎議員「自民の暴挙を、司法が裁く」
「現役の国会議員が、国を相手に裁判で闘うのは異例のこと」。山田氏はこう述べて、原告団に加わっている8人の国会議員の名前を読み上げた。照屋寛徳衆議院議員(社民)、阿部知子衆議院議員(民主)、玉城デニー衆議院議員(生活)、仲里利信衆議院議員(無所属)、福島瑞穂参議院議員(社民)、主浜了参議院議員(生活)、糸数慶子参議院議員(無所属)、山本太郎参議院議員(生活)──。
この報告会に参加した山本議員は、「(現役の国会議員らのこうした動きに対して)国会の中で決着をつけろと、文句の声も聞こえてきそうだが、一強多弱の今の国会は、それができる状態ではない」と切り出し、安倍政権は、衆参ともに与党の議席数が圧倒的であることをいいことに、(立憲主義を軽んじて)やりたい放題だと、口調を強めた。
安倍政権のことを「違憲政権」と評する山本議員は、自民党が野党時代にTPPについて、「嘘つかない、断固反対、ブレない」と宣言していたことを指摘して、「2012年の衆院選では、そう書かれたポスターを作ったのに、今や、『嘘つきまくり、絶対賛成、ブレまくり』ではないか」と怒りをにじませた。
そして、「自民党の国会議員は、『有権者なんてバカだから、すぐに忘れる』とタカをくくり、TPP交渉を推進しているのだろうが、有権者は決してバカではない」と続けると、「自民党のみなさんが、そういう態度に出ている以上、悪いが訴えさせてもらった」と力を込めた。
ISD条項が日本の統治を壊す
山本議員は、まず肝要なのは、TPP交渉のテキストを開示させることだ、と力説する。
「総理や関係閣僚や官僚、そして、利害関係企業といった少数派しか交渉の中身を知ることができないのは、明らかに憲法違反。米国では、一定のルールはあるにせよ、議員には開示されることになった」
先日、内閣府の西村康稔副大臣が、TPPの交渉テキストを「国会議員が閲覧できる方向で調整したい」とする発言を撤回したことについては、「期待が膨らんだが、すぐに萎んでしまった」と山本議員は嘆き、撤回の理由について、「開示は、TPP推進派にとって不都合だからに決まっている。日本にとってのTPP交渉は、実に不利な中身で進んでいるに違いない」として、次のように強調した。
「今の国会情勢では、野党がいくらがんばっても、政府に内容を開示させることは難しい。だから、一方では訴訟という手を使って、国会での闘争との二面展開でやっていく」
訴訟の概要は、TPPが発効されれば、1. 食品の表示義務などが変更され「食の安全」が脅かされる恐れがある、2. 低価格が特長のジェネリック薬(後発薬)使用への規制や混合診療の大幅な拡大などで、医療費高騰の恐れがある(=憲法25条・生存権の侵害)、3. 遺伝子組み換え食品の表示廃止は、同13条・幸福追求権の侵害にあたる、4. 進出先国市場の不都合を国際仲裁機関に訴えるISD条項は、国内の司法権を定めた同76条に違反する、5. 交渉内容を国会や国民に明かさない秘密性は、同21条・知る権利に反する──。よって、原告1人につき1万円の損害賠償を求めた。
弁護団の辻恵氏は、TPPで最大の悪玉とされているISD条項を、「『日本国内の紛争は日本の裁判所が判断を下す』という国内司法権のはく奪が、立法・司法・行政から成り立つ日本の統治を根本から破壊する」と非難した。
そして、「条約(TPP)の問題は、国の統治行為の範ちゅうにあるもの。したがって、司法は関与すべきではない」との一部の意見に対しては、ISD条項の利用は日本の司法の自殺行為に匹敵する、と口調を強めて、こう断言した。
「われわれの訴訟を扱う裁判所は、日本の司法の存立基盤を意識しつつ、判断を下すべきだ」
国民投票なしで憲法を変えることに匹敵するTPP
山田氏は、TPP交渉の日本側の交渉官から、「ISD条項は、対発展途上国市場への、日本の産業界の投資が無駄にならないように保護するもの。したがって、日本には有利に働く」との説明があったことを紹介。その意味合いは、「先進国間では、ISD条項は発動されない」というものだが、山田氏が「韓国やカナダは、ISD条項で痛めつけられているではないか」と疑問をぶつけたところ、その交渉官からは「日本は強いから大丈夫だ」との、拍子抜けする言葉が返ってきたという。
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同じく弁護団の岩月浩二氏は、TPPの基本理念はグローバル企業の活動の自由と利潤追求の尊重にあるとし、「条約という名の下で、国会の立法裁量を奪うのがTPPだ」と指摘。「これは、国民投票なしで憲法を変えることに等しい」と主張した。
質疑応答では、原告の1人である岩上安身が、「訴状の中に、情報開示の請求を行う要素は入っているのか」と質問した。
岩月氏は、「われわれは『知る権利』の侵害(=憲法違反)という立場で裁判を起こした。情報公開法は『知る権利』に基づく請求権を具体化したものではないと、私は考えるが、情報公開法に準拠しない、つまり、『知る権利』を直接よりどころにした公開請求があっても不思議ではない」と応じた。
AIIBの情報透明性には文句を言う米国の「二枚舌」
岩上安身が、「実際の裁判は、『交渉テキストの中身が不明』では成り立たないのではないか」とも質すと、「(機密情報公開サイトの)ウィキリークスにある情報や、一般メディアの中では比較的信用性が高い、内外の新聞記事などを丹念に集める作業が、われわれの立証作業の基本になる。その上で、『この部分については、もっと確かな文書を取り寄せてほしい』と裁判所に要求する手続きは可能だが、その辺は攻防になると思う」という返答があった。
岩上安身は、日本以外の交渉参加国では、かなり交渉テキストの漏えいが起きていることに触れた上で、海外の「漏えい情報」を、この裁判に集約してみるのも有効ではないか、と提言した。
「われわれが起こす裁判に注目すれば、国会議員も知らないことがわかるとなれば、この裁判自体が、国民の『知る権利』に応える役割を果たすことにもなる」
これには山田氏が、「海外のNGO(非政府組織)との連携もできているため、有用な情報を随時公表していけると思う」と応えた。
原告の永戸祐三氏(日本労協組合連合会理事長)は、米国の「二枚舌」を鋭く批判した。
「米国は、中国が主導しているアジアインフラ投資銀行(AIIB)に文句をつけており、その理由のひとつに、『情報透明性の基準が明確ではない』とあるが、それを言うなら、TPP交渉の秘密主義はどうなるのか。各国の反TPP勢力は、この点を激しく突かねばならない。TPPに比べれば、AIIBの方が(少なくとも現段階では)はるかに透明性が高い。だからこそ、英仏も参加しているのだ」
山田氏は、「そこは盲点だった」と、すぐに反応。「裁判の中でも、追及できる機会があれば、積極的に追及していきたい」と意気込みを見せた。
TPA法案「一転審議入り」の背景
この報告会の途中、「TPPを慎重に考える会」会長の篠原孝議員が、TPP交渉の加速要因と言われている「TPA法案」をめぐる米議会の動きについて話をした。
TPAは「貿易促進権限」と訳され、米大統領に貿易交渉の強い権限を与えものだ。米国では通常、議会が通商規制の権限を握っているため、交渉での米大統領の力は弱い。つまり、TPAが発効されれば、権限が議会から大統領へと大幅にシフトすることになる。ただし、米大統領は議会からかなりのプレッシャーも受けるため、日本などの交渉相手国に、より強固な姿勢で臨んでくる公算が大きい。よって、日本の反TPP派は、TPA法案が否決され、それがTPP交渉の「漂流入り」につながることを、ベストシナリオのひとつに描いている。
米上院では、5月12日、TPA法案の審議入りが賛成不足で否決されているが、翌13日には、与野党の話し合いを経て審議入りで合意となり、14日の再採決で、法案を審議するのに必要な上程動議を賛成多数で可決した。
篠原議員は、こうした「一転審議入り」の裏事情に言及。与野党妥協の要因は「為替操作条項」にあり、と指摘した。
この為替操作条項について、「(円安誘導を柱にした)アベノミクスを否定するもの」と篠原議員は言う。
「安倍政権発足後は、それまで1ドル=100円を大きく下回っていたレートが、(超金融緩和で)120円程度まで跳ね上がった。米国にとって、これは関税が4割程度下がったのと同じ意味を持つ。だからこそ、トヨタ自動車は(2015年3月期決算では)一企業でありながら、約2兆円もの純利益を稼ぎ出せたのだ」
日本の輸出企業にとっては追い風である円高を、米製造業界は「それは為替操作だ」という文句の対象にしがちだと、篠原議員は訴える。
事実、米自動車産業は、日本がTPP交渉への参加を表明した2013年4月の時点で、円が対ドルで2割程度下落したことに強い懸念を表明。その後も、米自動車産業は、円安への不満を示し続けた。
為替操作条項の付帯を報じない日本のメディア
アメリカでは、民主党、共和党の違いに関係なく、当初から大勢の議員が、「TPPは国内雇用にも大きな打撃を与える」と見ており、自由貿易の拡大で失職した労働者に失業手当や再就職支援を行う「貿易調整支援(TAA)」をTPPに盛り込むことを求めてきた。そしてまた、為替操作条項も、TPPへの盛り込みが米議会で叫ばれるようになる。
もっとも、今の日本の円安水準について、「為替操作には当たらない」という声も少なくないなど、米議会内にも見解にかなり幅がある、と篠原議員は説明する。つまり、米国側の平均的な思惑は、「今後、日本の市場をTPPでこじ開けて利益を得ても、それが日本政府の円安介入で吹っ飛んでしまう恐れがあるから、そのための保険をかけたい」ということだと思われる。ともあれ、米議会には、TAAと為替操作条項の盛り込みが実現しない場合は、「TPPにもTPAにも賛成しない」との声が根強いのである。
TPA法案の審議では、TAAや為替操作条項の、TPPへの付帯の審議も合わせて行うことが切望されたのだが、為替操作条項だけが切り離された。これは、日本などの交渉参加国から歓迎されない為替操作条項の付帯が、ただでさえ難航しているTPP交渉をさらに難しくすることを、慎重な勢力が嫌ったためである。5月12日には、これを不服とした民主党議員が反対に回った。
その為替操作条項が、5月14日、上院でTPA審議に先立つ格好で可決されたため、5月12日に反対した民主党議員が一転して賛成に回った、という──。
篠原氏は、こうした為替操作条項の一件を、日本のメディアはほとんど報じない、と顔をしかめる。交渉参加国の経済政策にどんな影響が生じるかについて、信頼に足る分析はまだ登場していないものの、日本経済にとって、新たな気がかり材料が浮上したことには間違いないからである。
「愛国者は日本語を守れ」岩上安身が保守派・右派に呼びかけ
篠原議員は、「米上院に、TPA法案をめぐるゴタゴタが起きるのが、1ヵ月早すぎた」と苦笑する。もう1ヵ月遅ければ、TPA法案が夏季休会(7月末~)前に成立することが極めて難しくなり、それがTPP交渉の「漂流入り」につながる、との見立てである。
金銭法案や重要法案に先議権があるのは、本来下院である(2002年のTPA法成立は下院先議)。今回は上院先議で通して、その勢いで、成立見通しが厳しい下院でも通してしまおう、との作戦とみられるが、篠原議員は、「今や米国内でも、TPPは悪い条約であることが広く知られるようになってきた」と指摘し、TPA法案が下院で成立する可能性は高くないとした。
これに対して山田氏は、「その見方は楽観的ではないか」と発言。「米国では、製薬・保険業界をはじめとするTPP推進派のロビー活動が熱心であり、予断を許さない状況だ」と述べた。
質疑応答では、「TPPが発効されれば、日本では、日本語が使いにくくなるのか」といった不安の声も聞かれた。報告会終了後、岩上安身はIWJの取材カメラに向かい、報告会の内容を軽くさらった上で、「TPPの問題と安保法制の問題は同根で、ともに米国権力が日本に浸透していくもの」と主張。日本語は、ゆっくりとだが英語に凌駕されていく、との悲観論を口にした。
「まず、TPP関連の行政書類はすべて英語になるから、それに従事する公民は英語力が必須となる。それに関連する民間事業の社員も同様だ」
日本にTPPが発効されれば、「英語が自在でないと不利になる」との風潮に日本のビジネスマンは染まっていくだろう、と岩上安身は言う。「言語文化を、支配者である帝国のそれに合わせることになる。日本も、かつて朝鮮半島や台湾に対して日本語を押し付けたが、その際も『日本語を学ぶと得をする』という空気を作った」と強調し、日本の右派・保守派に向かって、次のように呼びかけた。
「愛国者は、日本の母国語を愛さなければならないと思う。(TPPで)その母国語が簒奪(さんだつ)される方向に進んでしまっていいのか」
【IWJテキストスタッフ・富田】
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